― 2026年・大人のための節分テーブル ―

節分は、単に「豆をまく日」ではありません。
本来は 季節の変わり目に心身を整え、次の季節を迎えるための“しつらえ”の日。
特に立春前日の節分は、一年の流れを切り替える、日本人ならではの美意識が詰まった行事です。

忙しい毎日の中でも、ほんの少し意識を向けるだけで、
節分は“大人の暮らしを整える上質なイベント”に変わります。



1,節分とは何か—本来の意味

節分(せつぶん)とは、 季節を分ける日という意味の言葉です。
本来は年4回、立春、立夏、立秋、立冬
それぞれの前日が「節分」とされていました。
しかし、 立春が一年の始まり(正月)と同等に重視されていたため
次第に立春前日の節分のみが特別視されるようになります。
つまり節分は、「旧暦の大晦日」に相当する日という位置づけでした。
今でいう 大晦日――
一年の穢れを落とし、
次の年を迎えるための「最後の区切りの日」。
家の内と外を意識的に分けるといった、
目に見えないものを整える所作が重ねられてきたのです。



2,なぜ「鬼」と「豆」なのか

人間が制御できない「不吉な力」の象徴です。
鬼はどこから来る?
古代思想では、鬼は 「鬼門(きもん)」=北東 から入ってくると考えられていました。
北東は陰陽道で陰と陽が切り替わる不安定な方角生と死、光と闇の境界とされ、
災いの侵入口と認識されていたのです。


「魔を滅する」言霊「豆(まめ)」には、
魔を滅する(まめ)という語呂合わせの信仰も重なります。
つまり豆まきは、食べ物を投げる行為ではなく霊的な浄化儀礼です。
生豆ではなく「炒り豆」生豆は芽が出る= 災いが再び芽吹くと考えられたため、
必ず 炒った豆 を使うという決まりが生まれました。



3,恵方巻の意味(実は新しい風習)

恵方巻は
古くから全国的にあったわけではありません。
起源は江戸末期〜明治
大阪の商人文化
「縁起の良い方角(恵方)を向いて無言で一本食べきる」
これは運を逃さず、願いを内に納める意味で広まりました。
竹かごに入れて素敵なおもてなしの設えにしてみました。




4,イワシを「食べる」意味

節分にイワシを食べる習慣は、江戸時代以降に広まった
庶民文化の中で定着背景には、冬のイワシは栄養価が高いということと
鬼(厄)を追い払い、その象徴であるイワシを食べることで厄を制圧し、
体内に取り込んで無害化するという意味を持ちます。
あえて気取らず、サンディの切立プレートに乗せました。
艶を抑えた質感が素朴でありながらモダンな印象のコーディネートにしてくれます。






5,家族で囲む“一年の節目”としての節分

このように、立春が一年の始まりと考えられていた時代、
その前日である節分は、単なる年中行事ではありませんでした。
今でいう 大晦日――
一年の穢れを落とし、次の年を迎えるための「最後の区切りの日」。
だからこそ節分には、
邪気を祓うために豆をまき
火や匂い(炒り豆・柊・鰯)を用い
家の内と外を意識的に分ける
といった、目に見えないものを整える所作が重ねられてきたのです。
にぎやかな行事に見える節分ですが、
その本質はとても静かで、理にかなったもの。

一年を無事に過ごせたことへの感謝と、
これから始まる新しい季節への心構えを整え家族でテーブルを囲みたいですね。